ナイン・マイルは遠すぎる

THE NINE MILE WALK

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すげえ、あいつら未来に生きてんな……大陸ロマンスエロゲ『聊斎志異』 

ふと思い立って、まだ1ヶ月半も残っているのに「2011・今年読んだ中で面白かった本ベスト5」を考えたのが確か先週木曜のこと。それがなんだか気づいたら「2011読んだ本十選」になっていました。
その中の一冊として選んだのがこの『聊斎志異(下)』。今回はこの本の話でも。

別にわざわざ下巻と書かなくてもよかったのですが、私が読んだのが岩波文庫版の下巻でそれが面白かったのでこうなりました。ちなみに先に読んだのは下巻で、なぜかというと「東方神霊廟」に登場する青娥娘々の元ネタとなっている短編が収録されているため。
元々『聊斎志異』には興味があったので、いい機会と思って読んでみたらこれが大当たり。どの短編も非常に面白く一気にのめり込みました。

内容はというと大体が男女の色恋沙汰、なのに人間同士のカップルは半分ぐらいしかないという変態ぶり。あえて今風にジャンルをつけるならファンタジーロマンスとでも言うべきでしょうか。
そしてそれぞれ数ページの短編なのに平気で2世代にわたって展開されるあたりがさすが中国。ロマサガ2並に簡単に世代が飛ぶ
ほとんど全てのストーリーで、最初に主人公の男が出てきて、大体のストーリーでは絶世の美女と巡り逢います。そして世にも不思議なロマンスを繰り広げるわけですが、先程も言いましたとおりその正体は大半が人ならぬ存在。日本の昔話だったら「化かされていたのです」となって退治したり消えてしまったりとオチになるのですが、ところが『聊斎志異』の連中はそうはいきません。
美女たちの多くは狐や幽霊(文中では「幽鬼」)、時には花だったり、はてまた本にはさんであったしおりだったりして、主人公も途中でそれに気づくのですが、
「幽霊だったのか・・・でも美人だしいいや!
まさかの開き直りを見せます(ほんとはこんな砕けた口調じゃないです)。
いや、それはよくないだろ!お母さんもなんとか言ってやって下さいよ!と思うのですが、お母さんも「いいお嫁さんをもらったわね」と言わんばかりの勢い。さすが大陸、器が広い。
あるストーリーなど、絶世の美女二人が主人公のもとにかわるがわる現れるのですが、実は片方は狐でもう片方は幽霊。お互い嫉妬したり私の方を愛してくれと言ったりで、突然エロゲみたいなシチュエーションに置かれた主人公はデレッデレ。エロゲみたいというか実際やりまくってますからね。幽霊とイチャイチャしすぎて生気抜かれたりしてます。
ちなみに狐と幽霊では狐のほうが結婚相手として好ましいと考えられてるらしく、そのことで幽霊画嫉妬したりします。ぶっちゃけどっちもどっちだと思うのですが、ここのあたりの駆け引きなど非常にファンタジックで楽しめるものとなっています。お気に入りの話の一つです。

しかしこれだけ絶世の美女のバーゲンセールをやっておきながらその形容はワンパターンで、ほとんどが「仙女かと思うような」「この世のものとは思えぬような」「見たこともないような」あたりを使い回すのみ。特に仙女多い。ここらへんも、訳者が忠実に逐語訳をしてくれてるんだろうなあと感じてその仕事の真面目さに感じ入るわけです。
まず各編の書き出しから見ても、ほとんどが「××の成員◎なにがしは、△△の人である。」といった調子で安定感抜群。ひねりを入れるなんて発想は存在しません。

文章がぎこちない、特に補間が不十分な所が多いのですが、そういう所から「元は漢字ばっかの文だもんなー!」と感じて大昔の中国の文章を読んでるのだと実感したり、時には古文の授業を連想したり。ある意味、ややもすれば乱文ともなりかねない飛び飛びの文章が、時間空間ともに隔てた舞台の想像を助けてくれるわけです。
この想像というのは聊斎志異を読む中で非常に大事で、なぜなら文中の感情表現といえば怒った喜んだびっくりしたといった程度で何を感じたどう思ったというのは想像に頼る他はないから。表情すらほとんど出てきません。
でも安心して下さい、この小説は不思議なほどに想像力を刺激して否応なしに仙界へと連れて行きます。元は想像から生まれた話で、しかもそれが口伝えに広まるためには想像を掻き立てる話でないといけませんから、その過程で淘汰されているのでしょう。

ちなみにこの短編集で唯一主人公の思考が詳らかにされているのが、(くつ)を見たり手に取ったりしたとき
纏足ってご存知でしょうか。昔中国では女性は足の小さいのが美しいとされ、痛みも伴う矯正を施していました。
クツを見れば足の形は大体想像がつきます。そこで主人公たちはクツを手に取り、このクツの持ち主はこんな足をしているのだろうと想像を巡らせるわけです。まあ一言で言うと変態ですよね。シンデレラの王子様は先にシンデレラを見てるのだからまだしも、中国のなにがし達は本体を見てもいないのにクツに興奮。色々な意味で時代を先取りしすぎです

この物語の主人公達はほとんどが国家試験を志していたりパスしていたりするエリート。彼等は現代の人々がするような下世話な妄想を繰り広げ、夢うつつの狭間にロマンスを描いていたのです。すげえ、あいつら未来に生きてんな
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